ゆるふわブログ

プログラミング,大学の勉強,日常生活で感じたことをゆるふわに書いていけたらなと思います.技術的に拙いところがあっても温かい目で見守っていただければ幸いです.

ポエム2 ー星を喰うものー

GODZILLA 星を喰う者」を見た。ここまで心が動いたのは久しぶりなのでイタイ文章を書いておこうと思う。

※ ネタバレを含みます

隣の席の人々が言った。「ゴジラである必要はない!」知ったことか!ぼくはこれが見たかったのである!私は随分と虚淵玄氏に人生を狂わされたと思う。だが、それでいいのだ。いい作品とは人を狂わせるぐらいでなければ。彼の描く正義、人間の誇り高さに強い共感を覚える。ぼくの本性とよくあっているのかもしれない。氏の著作、「アイゼンフリューゲル」では人類の飽くなき探究心に胸を熱くしたものだが、今回のテーマはその先にあると思う。と言っても、お話が難しいのでぼけっと見ていてぼくが引っかかったところしか語れないが…

人というのは儚いものである。盛者必衰、まあ誰でも聞いたことがあるだろう。我々が何かをなしても、子孫を残したとしても、それは何年先まで残るのだろう、たとえ地球上に残ったとしても最終的には太陽に飲み込まれる。宇宙論的時間の前では何もかも無意味である。一方で、人類の飽くなき歩みには凄まじいものがある。人は未知なものに挑まずにはいられない。作中でエクシフはその極致にまで至った。その果てに得た答えは、永遠などないこと。滅びの運命という当然の結末をついに論理的に示してしまったのである。どうせみんな死んでしまうのなら、なくなってしまうのなら、その滅びの中に救いを見出すしかない。異次元の絶対的覇者への献身。それこそが救済であるという結論にたどり着いた。

だが、主人公ハルオはそれをも否定する。諦めれば全てが嘘になる。救いなどなくていい。

ここからはぼくの醜い願望だが、ぼくほどハルオに近い人間はいないのではないか? 人の誇り高さを心の底から信じ、最後まで人として怪獣に打ち勝とうとした。想像を絶するほどの絶望と憎しみを抱き、復讐を誓ったその強暴性。メトフィエスは彼が神にくだったその時こそ祭壇にのぼる英雄にふさわしいと企んでいたが、ハルオはそれをも凌駕した。

最終的に、栄華を極めた先には破滅しかないと悟ったハルオは、極致に至った文明を自らの復讐心とともに滅ぼそうとしたわけであるが、果たしてそれは解決になるのだろうか? 今、知の最先端で学ぶものとして言わせてもらうが人類が探求をやめるかといえば答えは否だと思う。人は問うことをやめられない。疑問に思わずにはいられない。文明が後退したとしても、必ずやその中から真理を考究する者が現れる。人は前進をやめられないと思う。

そういうニヒリズム的な問いがあると思う。その中で、生きることを、滅びでない選択肢を「探究」したのである。自らを滅ぼすことで怪獣との共生を実現する… たとえその問いに答えがないと思われても、解決が絶望的であっても、挑まずにはいられないのである。

一方で、憎悪に身を焦がした先に、誇りに胸を熱くした先に、破滅があったとしても致し方何のではないかと思ってしまう。ぼくも自分を突き通した果てに儚く散ろうではないか、ハルオのように…

虚淵氏の作品を見ていると、ぼくがずっと問うている問いの答えを投げつけられた気分になる。それは極めて精緻であり、ほころびなど見当たらない完璧な真理であるように思われる。だが、それは氏の圧倒的な筆力によって惑わされてるだけなのだろうか? そんな者に憧れて、追いかけ続けるのは愚かさの極みなのであろうか? しかしながら、それでいいのではないかと心から思えてしまう自分もいるのである。自らの弱さを、不適格を、誇り高い英雄的資質に昇華させて自分を特別だと思いたいのであろうか…

最後に、この言葉で締めくくるとしよう。ハルオの人生そのものの儚さを、無意味さを象徴する言葉。そこに人類の行く末を重ねて…

ゴジラゴジラ足らしめているもの、それは君の憎しみなんだ…」